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2007年6月26日 (火)

少子化問題を「過激」に考えてみる

「少子化」つまり出生率低下が、政治的な『問題』なのかどうか、について色々議論があります。
「少子化」への『対策』の具体案についても、多くの議論があります。
私自身としても、色々思うところがありました。

ある知人の文章に刺激を受けましたので、僕もちょっと書いてみようと思います。

僕は、問題の全体像を把握したいときは、なるべく過激な思考パターンを何種類も試すことにしています。

例えば、

A.少子化は『日本という国家』の存亡の危機である。

日本の国力維持のために、日本の人口を維持、あるいは増やしていく必要がある。
◆ 子供がいる世帯に対して所得税優遇、助成金など。
◆ 育児休暇・育児中はパートタイム出勤に切り替え
◆ 保育所の増加、助成金、税制優遇措置
◆ 産科・婦人科の医師・看護師・職員の待遇を抜本的に改善
◆ 労働人口維持のために、外国人労働力を歓迎すべきだ。
(※A.の立場の人の間でも、具体的な対策に関しては議論百出ですので、ここの案はあくまで「例」です。)

B.少子化は成熟化を目指すべきというメッセージだ。

日本の経済的発展はピークを越えた。これからは、少しずつ人口減少し、世界の中での日本の存在感は小さくなっていく。
若返ろうとしても無意味なので、少子化『対策』を行う必要は無い。
「小さくても個性的で魅力的な文化を持つ国、日本」を目指して、文化成熟の方向に国力を用いるべきだ

C.少子化は自然の摂理である。そんなささいなことを気にしても仕方ない。

人類は、すでに「ゆるやかな絶滅への道」を走っている。
最後に一花咲かせるもよし、身辺整理して静かに死を待つもよし。

皆さん、どう思われますか?


私は、科学者としてはB.と考えますが、政治的市民としてはA.と考えます。

その前提で、やはり「子供を持つことが幸せに感じられる社会」を取り戻すため、具体的な政治決断を行ってもらいたいと希望しています。

蛇足ですが…
「子供・若者が少ない社会は、子供を持たない世帯の人にとっても、住みづらい社会である」ということは、お分かりいただけるでしょう。

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