「悪法には従わなくて良い」という価値観について思うこと
「悪法もまた法なり」という格言があります。
反感を持った人たちから罪を着せられて死刑を宣告されたソクラテスが、「悪法もまた法なり」と言って、自ら毒を飲んで死んだ(死刑を受け入れた)という逸話に由来する「名言」です。
この故事から、「悪法も法なり」という言葉は、「遵法精神」を説く言葉として用いられています。
つまり、「間違っていると思われるような法律でも、やはり法律なのだから、従うべきである。法律が間違っているから従わないというような人が増えると、社会が乱れてしまう。」という意味で解釈されています。
それに対抗する立場として、「悪法には従わなくて良い」つまり、「自分の価値観に合わない命令には、従う必要は無い」という価値観があります。
(※「悪法は法にあらず」という法律論上の立場とは、意味が違うので、ご注意ください。)
昨今の暗いニュースの裏側には、「悪法には従わない」という行動が「抗議活動を行わざるを得ないときの、例外的な行動」ではなくて、「日常的な行動原理」になっている人が多いことが関係しているように思えます。
一言で言うなら「常に信号無視する人」でしょうか。
「独占禁止法は建設業界の実態にマッチしていないのだから、従う必要は無い」→談合、汚職
「教育指導要領は大学受験の現実にマッチしていないのだから、従う必要は無い」→履修漏れ
「いじめ報告の提出義務は出世に不利だから、従う必要は無い」→いじめ問題の深刻化
「商品の不具合を報告すると出世に不利だから、隠しておく」→人身事故が多発した後で対処しても、取り返しが付かないことに
「日の丸への起立・君が代斉唱は軍政的だから、従う必要は無い」→混乱する教育現場、困惑する生徒たち
「世論調査は母集団の偏り、マスコミの主観が入っているから、従う必要は無い」→靖国問題の深刻化
「NHKはヤラセ番組や不明朗会計の問題があるから、受信料を支払う必要は無い」→NHKが困って法制化へ?
「JASRACの現状は天下り、公金横領、中間搾取だから著作権料を支払う必要は無い」→誤解に基づく「著作権反対」運動
「年金行政は失態だらけだから、国民年金負担を支払う必要は無い」→年金財政がますます窮地に
「他人の言いなりで働くのは嫌だ」→フリーター、ニートの増加
もちろん、こういった個々の事例は、そんな単純な図式ではありません。
僕自身も、人のことを無条件に批判できる立場ではないです。
でも、「悪法には従わない」ことが「行動原理」になっているのは、変ですよね。
「悪法には従わない」というのは、それ以外に抗議手段の選択肢がない場合に、やむを得ず逃げ込む「非常手段」ですから、決して褒められた行動ではない。と思います。
「自分の価値観に合っている行動なら、社会規範・法・倫理を無視して強行しても良いのだ。それは勇敢な行動なのだ」と勘違いした人が、特定の方向に一斉に動いたとしたら、どういうことが起きるでしょうか…
【補足】
ソクラテスの「悪法もまた法なり」という「名言」の真相について詳しく知りたい方には、以下の記事をおすすめします。
ソクラテスと民事裁判(日本裁判官ネットワークへの寄稿)
http://www.j-j-n.com/su_fu/051201/051201a.html
バルバロイ!(ソクラテス時代のギリシア原典翻訳など。ページの下のほう「古代ギリシア案内」から読まれることをオススメします)
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/index.html
一方、「悪法は法にあらず」という言葉は、トマス・アクィナスの言葉のようです。
ラテン語格言集(歴史と世間のウラのウラ)
http://drhnakai.hp.infoseek.co.jp/latin/sub-latin-L.html
「法実証主義」の解説(児玉先生の「哲学・倫理学用語集」)
http://plaza.umin.ac.jp/~kodama/ethics/wordbook/legal_positivism.html
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